遥かなる君の声
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     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          幕間



 この大陸で最も神聖にして最も難所の山岳地帯。別名を“神の座”とまで謳われている、アケメネイの山頂近く。万年雪の雪渓に存在するという“聖域”を、代々守る使命を陽白の一族から託されて、神話の時代からのずっとずっと、他の土地の人々との交わりを極力断ってまでして、神秘のままに在り続けた隠れ里。そこへとわざわざ足を運んでまでして頼り
アテにしていたのは、そもそもは…伝承にしか痕跡のない“古いにしえの民”に関する、知識としての情報だけであった筈なのに。選りにも選って、覚えのある忌々しき輩たちの手による惨むごたらしい蹂躙の跡を見せつけられるという、思わぬカウンターをのっけに食らってしまい、そこへと重ねて…様々に。襲撃者たちの真の正体のみならず、あの奇妙なアイテムのことや、彼らと関わりがあったらしき進の素性やと、衝撃の事実までもが続々と判明し。
「……………。」
 これはさすがに、おいそれと…次の行動はどうしたものかと話題を移せぬほどもの、重い空気が垂れ込めていたものの。

  ――― ちゅくちゅく、ぴちゅく。

 全員で途方に暮れてしまったかと思えたほどに、それは静まり返っていた室内へ。暖炉で燃える薪が爆
はぜる音とはまた別に、少々遠慮がちながらも小さな声が、人々の耳へもかすかに届いて。それが、
「…あ。」
 アケメネイに戻って来た彼らには、もう一つ、手をつけておくものがあったこと。うたた寝に見た悪夢から“我に返れ”と揺り動かされたかの如く、可憐な存在の歌声がそれぞれの意識へと働きかけて、思い出させてくれたもの。
「そうだった。」
「…うん。」
 蛭魔や桜庭、葉柱が、その視線をやった先。重さで負担をかけないようにと小さなカナリアの姿に変化(へんげ)して、瀬那王子の手に留まり、大人しくしていたお友達。スノー・ハミングという聖なる鳥の“カメちゃん”へとかけられてあった封印の咒を、それをかけたという惣領様の手で解いてもらわねばと何とか思い出し。それでもって、何とか…茫然自失の体でいた皆様、停まっていた思考にとりあえずの鞭を当てて進ませることが出来たらしく、
「あの…。」
 それが…此処から“金のカナリア”を尋ねての旅へと出た次男へ、聖なる結界と天然の要塞に守られし この地から、下山するためにと授けた聖鳥だというのは、惣領様にも判っておいでではあったらしく。おずおずとセナが自分の手ごと、もう片方の手を下から添えて捧げるようにして差し出して見せた小鳥の姿へ、
「はい。」
 惣領様も短く応じて下さって、それから。低いテーブルを間に挟んだままにて、小さなカナリアへと自分の手のひらを片方、大きく開いて翳
かざしてから、その衝立越しに何かしらの咒詞を紡ぎ始めなさる。口の中にての静かな咒の詠唱は、不思議な音韻の唄のようでもあり、それにしては一つ一つの詞が聞き取りにくく。最初の内は、いかにも小さなカナリアらしい所作にて、時々小首をかしげて見せていたカメちゃんも、しばらくすると…催眠術にでも意識を宥められつつあるかのように、つぶらに開いていた瞳をうとうとと緩く瞬かせ始め。その体が淡い光に包まれ始めて、そして、

  「…あっ。」

 不思議な紗がかかったように、輪郭が影が淡く淡く滲んでしまったその末に。差し出していた手の上からの重みごと、ふっと。風にかき消されたロウソクの炎のような呆気なさにて姿が消えて。セナ以外の面々までもが、え?っと思わずの声を出したほどに狼狽
うろたえかかったものの、
「あれは聖なる霊鳥でございますれば。」
 惣領様のお声がし、
「封印を解いてしまえば、窓のガラスも石壁も何の隔たりにもなりませぬ。恐らくは、我に返ってその途端、人の傍には居られぬと、仲間の待つ古巣へ飛んで帰ったのでございましょう。」
 消えたのではありませんよ、ご心配には及びませんよと、そういう方向でのお言葉だったのだろうけれど。
「………そうですか。」
 セナの消沈ぶりの理由が分かっている連れの方々には、何とも声のかけづらい状況。ああまでセナに懐いていたのも、やはり“封印”という防御のなされていたればこその気丈さだったか。素のままでは人に寄れない、それはそれは臆病な鳥。封を解かれたことで、その本性もまた蘇ってしまったかと。誰が悪いでもない、だが、一番に傷ついたのは誰の目にも明らかなこの顛末へと、蛭魔でさえかける言葉を失っていたのだが。

  ――― みゃおん。

 やはり不意に。皆の頭上から、得も言われぬ幼い声がして。みぃみぃという細い細い糸のようなその声だけが、頭上のどこかを“つつつ…”と移動している気配が拾えた。
「あ、あそこだ。」
 古い建物であるがゆえ、どこか薄暗い広間の天井の空間。それは立派な梁が重なり合うその中の一つを、桜庭が指の先にて指し示し、そのまま…人差し指を親指の先とくっつけ合わせ、何かを宙へ弾き出すような所作をして見せれば。そこから現れたのは、少しばかり大きめの蛍のような光の玉。ふよふよと浮力を見せて飛んでゆき、桜庭が示したあたりへ追いついて、そのまま何かに伴走して光玉も一緒に移動をし始め。上の梁から順々に、軽快な弾み方にて降りて来たのは、

  「…仔猫?」

 先程の可憐な鳴き声も、恐らくはその仔が出したもの。一体どこから紛れ込んだやらと、怪訝そうなお顔の惣領様以外の面々には、それが何物か、もはや判ってしまっているらしく。ややもすれば見えて来たその姿。純白の毛並みに包まれた、小さな四肢を懸命に動かし、短いお尻尾を時々揺らし。段差をもって高みに張られた梁を次々に、器用に身軽に少しずつ降りて来て。一番手近な頭上の梁から、とうとう一気にポンッと飛び降りて来たのを、セナ王子がそれは嬉しそうに両腕を広げてお迎えする。
「カメちゃんっvv
 ふわふかな毛並みの小さな仔猫。セナの腕へと戻れたことをこそ、そちらからも“嬉しいの・嬉しいのvv”と訴えてか。みぃみぃと鳴いて鳴いて、鈴のように黒々と大きく見張っていた瞳を細め、小さなお顔の頬をセナ様の頬へとやはり盛んに“にゃあ・にゃあ・にゃあvv”と擦りつけてから…おもむろに。ぽんっと弾けて、

  「…なんで猫のままでいないのでしょうか?」

 せっかく愛らしい姿だったのに。そりゃあま確かに、基本形態は“ドウナガリクオオトカゲ”と定めた封印でしたが、何もそこへまで戻らんでも、皆様、それが誰かという正体はきっちり判ってらしたようなのにと。この展開には、惣領様のみが 少々理解が追いつかないでおいでのようだったのだけれど。
「あの姿の彼をこそ、セナく…公主様が一番好きだと可愛がっていたからですよ。」
「………☆」
 こっちの面々には言わずもがなな桜庭さんからの説明へ、惣領様が目を点になさったその反応も…実を言えば大いに判る。
(苦笑)
“これでチビさんのセンスが疑われたりはしなかろうな。”
 王宮のお庭に四季折々それは麗しくも咲き乱れていた花々を“綺麗ですねぇ”と素直に愛でていたし、城の内宮のあちこちに飾られていた、王室秘蔵の美術品や、長い長い冬の間中、豪雪により屋内へと閉じ込められる身の手持ち無沙汰もあってのこと、それは丹念に作られる、王城キングダム自慢の工芸品の数々へも、時にお口を開いてまで見惚れていたほどに。感受性も豊かだし、美的センスも至って正常
(?)なセナ様である筈が…何でまた。控えめに言って、ちょっぴりユーモラスで…ちょいと不気味で、女性には怖がる方も多いだろう、武骨で無表情なオオトカゲの姿の方を好まれるのだと言われても、なかなか信じ難い事実ではあろうけど。
「いい子だねぇ。」
 あんな高いところ、怖くはなかった? 先程カナリアだった“彼”を乗せていた形のままに伸べたその前腕へと、軽くはなかろうオオトカゲをのったり乗っけて、よしよしと話しかけているセナ王子。すっかりと和まれた表情でいらっしゃる公主様である以上、認める他はないことでもあって。公主様のまだまだ幼い笑顔にやんわりと見つめられている、オオトカゲのカメちゃんにしてみても。きゅうきゅうvvと愛想のお声を上げながら、これも“嬉しい”という感情の発露からか、短い前足をゆっくりゆっくり動かして宙を掻いているその姿が、納得した上で見ていると、成程すこぶる愛らしくも映るから…あら不思議。
“さすがは光の公主様ということでしょうね。”
 視覚的な姿になぞ捉われず、どんな命へでも慈しみの想いをそそがれる、そんな貴いお心からの自然なお振る舞いなんだろうなと、善良な惣領様は感慨深くもそうと納得なさったらしかったが。

  “実はアオムシの類いはからきしダメだなんて判ったら。”

 誰の呟きかは存じませんが、きっと話がややこしくなるでしょうから、それは内緒にしときましょうね?
(苦笑)







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  *ちょっと一休み。